寺町まちづくりフェスティバルへ

10/1 寺町まちづくりフェスティバルへ

高田の寺町ではこの時期、寺町まちづくりフェスティバルという「てらまち」を知ってもらおうというイベントを開催している。
2011年の初年と翌年2012年の第2回は参加したもののそれ以降は知らずに終わっていたり日が合わなかったりで行けずじまいとなっていた。

今年は回覧板で案内が回ってきてたので、日程確認はヨシと。
ここ何年かは寺町2丁目・3丁目が持ち回りで交互開催しているこのイベント、今年は3丁目らしい。
以前にほぼ回っているので、お茶会や抽選会や体験会などいろいろイベントもありますが、今回はゆるーくまち散策を兼ねお寺さんぽさせてもらうことに。

自分、お寺とかお墓とか子どもの頃から好きなもんで。
だってお墓ってすごーーーく昔のとかあるでないですか。こんな頃のが…って子供心にも引っかかったらしい。
(ヘンな子ですみません)
てらまち
高田城が築かれたのが慶長19年(1614)。それにあわせて儀明川の西側に寺院を集中させたのが寺町の始まり。
でも寛文5年(1665)の地震で大被害を受け、当時の城主松平光長公により復興されたまちなみが現在のベースになっているそう。

まずは一番遠い天林寺。
ごせさ信仰
こちらの本尊は弁財天。高田の瞽女さの檀那寺で、5/13の妙音講では弁財天の御開帳とともに歌を奉納して一日過ごしたんだそうな。
画像の真ん中の碑も瞽女さの親方のものなのか門弟たちが奉納したもののよう。
この日も14時から瞽女唄の公演があると書いてあったが、時間が合わず残念。

こんなのが
雁木下にあった「若い芽を伸ばせみんなの愛情で」。錆びちゃってるけど…

宝篋印塔
祐正寺の宝篋印塔。このお寺は承応3年(1654年)に創建されたそうなのでこの塔もその頃から在るんだろうね。
発祥の地
「土橋村発祥の地」の碑。この文字は画家の小杉放庵(1881年(明治14年) - 1964年(昭和39年))によって揮毫されたものだそうだ。どういうご縁があったものかとウィキを見てみれば、戦時中に赤倉に疎開し東京の家が空襲で焼けてしまったので戦後もそのまま赤倉で暮らしたそうだから、その辺りの縁なのかもしれないねぇ。
もしかしたらこの小杉さんも、堀内大学や濱谷浩や齋藤三郎などの疎開者文化サロン(勝手に命名)に参加されていたのかもしれないねぇ。

場所を移して常国寺。こちらは花ロード作品やオープンガーデンの1つにもなっている花の寺。
ダンギク
ダンギクの蜜はよほどおいしいのか虫たちがせわしなく飛び回ってる。
シロバサクラタデ
かわいいシロバナサクラタデ。
タデ科ということでかわいいその姿に反して、タネはやはりひっつき虫なんだろうか。

太岩寺
太岩寺。
ニラ禁止
なんだ?「制葷酒入門」って。
調べてみたら葷ってのはにおいの強いニラとかネギやニンニクとかのことなんだそうで。
曹洞宗・禅宗ではこういう野菜と、酒は、修行の妨げになるので、寺の中に持ち込んではならない、という戒律があったそう。
閻魔様
ここのお寺の閻魔様は延宝年間(1678年頃)に寄進されたもののようで、わらべ歌にも歌われていたことからも、かなりの閻魔様だったのだろう。その後文化6年(1809年)に修復、大正の「寺町の大火」では類焼を逃れ、昭和5年に閻魔堂再建とともに修復…そして平成になりかなり傷みと老朽化が進んでいたことから平成10年(1998年)に修復され現在に至っているそう。
まだ20年なので塗装もきれい過ぎて(ガラス張りだし)、なんか歴史の貫禄みたいなものが薄くなったとも思えてしまう…(^_^;)

こちらは高安寺。
高安寺
こちらも曹洞宗なんだがやっぱり「不許葷酒入山門」って書かれてるね。
かつての同朋保育園
寺内をちょっと散策していたら、隣に発見。既に施設はなく更地になっているがかつての幼稚園?保育園?の門だけが残されている。
調べたらどうやら同朋保育園のよう。まだぐーぐるまっぷで園名が出るという事は廃園されたの最近なんだろうか。

親鸞ゆかりの性宗寺(しょうしゅうじ)。
こちらは親鸞の直弟子が開いたお寺の分寺なんだそうで。途中仏光寺派に派替えしたそうだがその辺の宗派については全然わからんので置いといて。
平出修のお墓
こちらには大逆事件の弁護士だった平出修のお墓があるのだ。
この方、弁護士だけでなく歌人や作家でもあったんだねー

壊れてるけど
寺町の道と辻の角にあった1部破損されている石仏さん。壊れる前はどんな形だったのかな。
お寺がここにあったのか、かつては人々に愛されていたのだろうか。

浄興寺
こちらは浄興寺。こちらには「下乗」と書かれておりますな。輿から下りろ馬から下りろと。

フライングのオープンガーデン2軒
オープンガーデン

オープンガーデン
どちらもやはり見事ですな。見習え自分w

ということで、時間になりましたので今日の寺町さんぽはこれにて☆

オーレンプラザへ

9/29 オーレンプラザへ

1962年(S37)年にオープンした上越厚生南会館が2007年(H19)3月に老朽化のため閉館後取り壊され、それに代わる施設を…と現市長が公約に掲げ、建設設計の段階で費用がばーんと跳ね上がり、かつ施設もムニャムニャ…で市民全部が納得しているというわけではないかもしれない(仮)厚生産業会館。
名称がオーレンプラザ(植物の「黄蓮(オウレン)」ではなく「桜」と「蓮」の音読み)に決定し、ついに完成、この日オープンとなった。

午前中は市のえらいさんたちのオープン記念式典が開催されていたのだが、午後は一般公開となっている。
高田図書館で開催中の写真展を見るのに出かけて、一般公開のことを思い出したのでオーレンプラザに寄ってみることに。

公園側
公園側が入り口だと思ってたけど違うのか(^_^;)
入り口はこっち
ということで、野球場側(南西側)が入り口です。
中庭
中庭があり、四方から中庭が見えます。もちろん庭へも出られます(多分)
この作りは埋文もだが(埋文の中庭は出られないけどな)
オープンしたてでからまだガラスがぴかぴか。

ホール
午前中式典が開催されていたホールへ。
楽団の方たちが練習していたがこの中、さすがに音が響く。
コンサート聴いてみたいね。
天井
天井。音響工学とかいろいろ取り入れられてるんだろうな。

かさはらカフェ
かさはらカフェ。オープンおめでとうございますっ!
しかし、今日は15時までということで、残念ながら既に終わっていた…うう…
まあ、これからずっとあるわけですし、ね♪

実習室も
実習室も用途に応じてありますぞ。
ペーパークラフト
ペーパークラフトの第一人者、高橋和真さんのワークショップが開催されていた。
もうクローズ近かったので作品だけ見せてもらう。
かっけー
半蔵かっけーぞー!
調理室
調理室もあります。今日はパネル展示のみ。
中庭その2
さっきとは反対側からの中庭。

和室展示
和室には絵手紙をはじめ人形などのサークルさんの作品がオープン記念で?展示されてました。
和室
茶室でもある和室。

あと、こどもルームも。このときもたくさんの子どもが遊んでいた。
幼児~低学年くらい?が対象なのでにぎやかだろうな。
なんにしろ、赤ちゃんや幼児の笑い声はこちらも楽しくなるもんね。

まあ、こういう施設なので、正直何かイベントがないと施設そのものにそう用事はないけれど、かさはらさんのカフェがあるんで高田公園行った時にちょっと一休みなんていいかもしれない。
公園内にカフェなかったからね。

妙高山
オーレンプラザ出て、いつもの橋から見た妙高山。山の秋はどんなかなー?

ってことで、オーレンプラザ一般公開見せてもらいました♪


上杉さん演武20170730

7/30 上杉おもてなし武将隊の演武@春日山20170730

ここのところ武将隊の演武を見に行けていない。
昨日春日山には行ったものの演武とちょうど時間がかぶってしまっていたので見られなかったし。
このままでは7月終わっちゃうではないか!と演武見に行ってきまーす。

おっと、せっかくなのでデジイチのズームレンズでの撮影練習もやってみよー!
ってことで春日山っ。

では早速。保険としていつものコンデジもw
ではデジイチ、いきまーす。
おやかたさま
おやかたさま
勝さま
景勝さん
まつえ隊長
まつえ隊長
…いいんだけど、なーんか、スクリーンかかったような……
アップ
アップ。ぬぬぬーー暗いorz
みどり
みどりも。青みが強いのかそれともこういうクセなのか。
設定がヘンなのか。古いからなのか。
十吾郎さん
十吾郎さんもw
演武
ぬー、ズーム最小でも入りきらない。
演武の動きあるのは取り回しが慣れないというかいい状態のズームにならないというか狙いを定められないというか…でダメダメ。
久しぶりなのでつい撮るの焦っちゃうしw

勝鬨・軍奉行は清里の方でしたw

ここからはいつもので
いつもので
こっちの方が明るいよね。
演武も
演武。上のはこれくらいのを撮れないもんな。
色もやっぱり鮮やかなんだよなー…
十吾郎さんw
おちゃめな十郎さん
はいポーズ♡
最後の記念撮影集合写真
こっちでも
デジイチでも。やっぱり入りきらない…

なかなかうまくいかないなー。
まあ練習あるのみですな……

帰りに石段の途中でアゲハチョウがひらひらしていたので、これも練習!とばかりに撮ったのだが、ちゃんとシャッター音もしていたのだが…
モードダイヤルがずれてたのかなーーーんも撮れていなかった。。。なんてこったい。
まだまだですな。
そうするとやっぱりデジイチよりコンデジの方が広角からズームも取り回しがいいってことになるんだけど、でもデジイチもいつかのためにある程度はマスターしたいし。。。がんばれ自分。


でも、久しぶりに演武見られてよかったーー!!



佐渡汽船と荒川町

7/27 佐渡汽船と直江津お旅所(荒川町)

かさはらさんのお店を出てから向かった先は佐渡汽船。
直江津港フェスティバルについての案内あればもらってこようってのと、うまぎし(うまさぎっしり新潟)の北信越スタンプラリー2017のガイドブックに佐渡汽船ターミナルでの特典を受けようと。

ターミナル着。
まずはチラシ等の棚を見てみたが、らしきものはみつからない。
くそーないのかー。
来月なんだしもう会ってもいいはずなのにねー?
観光案内所ではスタンプ。スタンプ帳出したらいただけましたよカーフェリー3姉妹クリアファイル。
先着100名、間に合ったぞ♪
三姉妹
これが3姉妹なのだー。萌えキャラなので立体化は難しいだろうなー(^_^;)

出たら、「5階展望台ご自由にどうぞ」の看板。
佐渡汽船自身久しぶりなのでちょこっと行ってみる。

ブルーピィーター
ブルーピィーターという方。どうやら国土交通省北陸地方整備局のキャラらしいのだが、今も使われているかは謎である。
「ピーター」ではなく「ピィーター」なのがミソであるw
双眼鏡
ほぼ50年選手の昔なつかし展望双眼鏡から見た景色。
目のサイズが合わなくて片方のみで見てみる…
望遠
デジカメの望遠めいっぱい上げて撮った謎の沖の施設。
なんだぁ?LNGかメタンハイドレード取りかあ?

灯台について
赤灯台
赤灯台。海に向かって左側に設置されるそう。船舶に右舷を示すそうな。
白灯台
こちらは白灯台。
海に向かって右側に設置され、こちらは船舶に左舷を示すって。
へー。前に来たときも見てるはずなんだけど、忘れてるねー…

佐渡汽船を出て船見公園に車を置く。
ん?
まず、海。
で、手前の植物が花が咲いてるっぽいのが気になり砂浜へ行ってみる。
なかなか海っぱたの咲いてる植物に会える機会がないからね。
アップ
アップ。
えーっと、花もだし茎も角っとしてるし葉がセージみたいな香りするし、これはシソ科っぽいよね。
シソ科なら水挿ししてれば根っこ出てくるだろうし、海っばたの植物が果たして栽培できるかはわからんけど、それはシソ科の強さを見込んで…と一枝摘ませてもらう。
→→そしてうちに帰って調べてみたらどうやらクマツヅラ科のハマゴウという植物のようだ。シソ科じゃないのかーー!

道路渡って八坂さんが来ているお旅所へ。高田では天気悪くお参りできなかったからこちらで…
あれ?
…と、思ったらお神輿はお留守のようだ。昨日お旅所入ってもうお出かけされたのか。お忙しいなぁ。
お留守だけどお参り。

ふと目をやれば
荒川町屋台
屋台だー!
かっこええ
人がいない状態でこんな風にまじまじ見られるとは。
灯篭のドラ○ンボールとワン○ースの絵にうぷぷとなったけど(笑)でもやっぱかっこいいねー。

そして確認に琴平神社。
琴平さん
ここの「琴平」の字が逆になっている(平は逆さでも同じだけど)というのを聞き、以前ここに来た時(2011年2014年)には気がついてなかったので気になっていたのだ。
ホントだ、逆文字だーー。なんでー?
あれ?
こちらにもお参り。社殿開いてるけど…これは、町内の集会所も兼ねてるってことかー
ちなみに手前の常夜灯は安政の頃、狛犬は紀元2600年(昭和15年)のものです。
お百度石
石のないお百度石。
でもここでもお百度参りがされてたんだねー…
山椒大夫
山椒大夫の碑もお久しぶりです。

おっと、ひぐちさんのお饌米展行かなきゃ。
屋台
ヨーカドーの駐車場に車を入れたらお囃子の音が。
音につられて見に行ったら曙の屋台。佐渡汽船行くときも巡行屋台見かけたけど、こうやってまつりの間屋台が直江津の町をあちこち回ってるんだね。
となると荒川町はちょっと休憩タイムだったのかな?

では、ひぐちさんのお饌米展見に行ってきまーす。(次記事に続く)


盃状穴のお地蔵さんを見に

7/16 盃状穴なお地蔵さんを見に行く@黒田の円命寺

くびきのの民俗に詳しい方から「盃状穴(リンクはウィキペディア)」のことを聞いた。
いわゆる民間信仰なのである。

で、その盃状穴を掘られたお地蔵さんが、それも顔部に掘られてまるで一つ目のようになっているお地蔵さんが、黒田の円命寺にあるという。
このお寺はそんなに遠くないし、じゃあそのお地蔵さんを見てきましょうと。

夕方チャリで円命寺へ。
ここはよく通るんだけど入ったことはないんだよね。。。
鐘
石段を上ると鐘突き堂が現れる。

お寺
くぐるとお寺の本堂が。

さて、お目当てのお地蔵さんはどこかなと墓地をぐるっと見渡せば…
これだ
本堂に向かって左側(西側)にそれらしきものが。
並ぶ五輪塔に囲まれてのお地蔵さん。
確かに
ああ、確かに顔が、顔の中心部が削られている…
こっちからも
確かにこれは、まるで一つ目…

民間信仰では崇拝の対象をわざと痛めつけて望みをかなえてもらう(海や川に落として天候をなんとかしてもらうなど)というお願いの仕方もあるのだが、これもそうなのだろうか。
穴を開ける(いじめる)ことで、願いがかなうと思われたのだろうか。
それとも穴を開けることでお地蔵さんの力が、さらなるご利益が上がると思われたのだろうか。

お地蔵さんやこの五輪塔たちしかもう分からないんだよね。
ああ、話ができるなら、当時の人々のことを聞いてみたいなぁ。。。

うしろから
うしろからもぱちり。
「謎の金谷石造文化」によればこれらは鎌倉~室町時代のものだそうだ。
戦国時代より前の時代の人々の信心からの石仏たちが今ここにあるんだもんなー。
あー、その年月を考えると…たまらん。

こちらも
寺の中にはこんな五輪塔も。これもその頃のものらしい。

同誌によれば黒田にはまだ他の石仏等があるという。
機会があったら探検したいもんだね。

でもなんで、鎌倉や室町時代に作られた石モノたち、けっこうあちこちにあるし、民衆に寄り添いすぎているからありがたみがないのかあまり文化財とかにならないよね。それはなんでなんだろ。
その頃の木や金属モノの仏像だったら文化財だの宝だのになってるもの多いのに、不思議。

ああ歴史ロマンw