埋蔵文化財センター講演会へ

8/27 埋文講演会「天下一統山城御停止の謎にせまる-春日山城はなぜ廃されたのか-」へ

埋文でこの講演会に先立って関連文書の期間限定の特別展示をしていのだが、それについての講演会の案内もあったので、これは気になる・・・都合よければ行きたいなと思っていた。

展示されている関連文書(「本誓寺由緒鑑」「越府暦代領主考記」「伊藤三十郎 御代々目録」「越後野志」)に書かれている「山城停止に相成り候」「天下一統山城御停止に」から、なぜ春日山城は廃されることになったのか、廃城したのは誰なのか…の謎にせまっていこうじゃないかという講演会なのだ。

講師は鶴見大学教授の伊藤正義氏。
この方、去年の上教大で開催された「春日山城跡100年の計」でも「春日山城を支えた頚城郡の町と村」という演題で、ムラ全体が戦闘集団だった集落という内容の話をされてて、いままでの上杉のイメージいい意味で壊してくれたんだよね。
情緒的な「ぬるい」義ではなく、もっとこう戦略的っていうのか、「義の心」がベースになってはいても現実的な巧みさっていうかそういうの。
「義の心」って都合よく使われるけど、一つ間違えばいわゆる「越後のこんじょよし」になっちゃうからね。
(いや今の使われ方はホントに…(^^;))

ってことで埋文へ。
景勝さんたちは鵜の浜イベントに出陣するところ。行ってらっしゃーい。
そっちも行きたかったんだけど、今回はこっちを取らせていただきます。
おやかたさまに挨拶して、2階の学習室へ。
うおっ!すごい人。ほとんど年配の方だけど(^^;)人の多さにびっくり。

はじまりはじまりー
14時、講演会開始。
開会の挨拶後、資料紹介と続くはずだったんだけれど、まず7/26の豪雨による春日山一部損壊について埋文の小島さんから説明。
小島さん
損壊場所と先日の視察について。
ぱっと見かなり被害が大きそうだが、山城の遺構としての損傷はそんなでもなかったこと、杉の木を切ったせい(で土砂崩れした)という声もあるが、杉の木を切ったからこそ被害が抑えられたことなど。

ここでちょっと。
「木を切ったから土砂崩れがおこる」とよく言われますが、これはどんな木であろうがとにかく伐採したところに大雨が降れば土砂崩れという可能性ということではないんですな。
確かに自然林の場合、根を深く張る木に関して言えば確かにそうなんですが、杉の根は浅く張るので大雨が山(土)の保水力を超えた場合杉の木ごと持ってっちゃうんですな。
結果倒れた木が更に山崩れを引き起こすと。なので今回は杉の木を切ったことが幸いしたってこってす。
樹齢何百年とかの天然杉はこの限りじゃないだろうけど、戦後の山野の杉植林→林業衰退→放置林ってところは特にね。

続いて上越市教育委員会・文化行政課の湯尾さんがネタ振り。
湯尾さん
上記のような関連文書があるが、じゃあ、誰が堀氏に山城を廃せよと命じたのか?と。
そういうアンケートを日替わりでやっていたのだが、アンケートを始めたころは命じたのは秀吉説が多かったが、大河「真田丸」で秀吉の力が弱まり、反対に家康が力をつけてきて以降は家康説が多くなったとのこと。
恐るべし大河効果(笑)

そして本題、伊藤氏の講演はじまりー。
伊藤教授

まず
・戦国時代にも破城/破却令はあった(敗者の城)…暗黙の了解みたいなもんで口頭命令で文書はなし
・内乱・謀反の処罰刑としてしか破城/破却令は実施できない
・信長の頃は↑↑とほぼ同じだが次第に新占領地の個別の城からそのエリア内の領域型破城/破却令になる
・豊臣権力は城主と非城主を区別し、城主身分の制限、豊臣方に臣従すれば安泰
 惣無事令で私戦を禁じ、領土裁判権を秀吉が独占したので破城/破却令は秀吉によってなされることに
 破城/破却令は追放刑・降伏服従を示す戦国作法の継承

・豊臣秀頼討滅後に発令された「一国一城令」…西日本中心で個別に口頭で。東日本には出さず
・その後の武家諸法度で大名一居城のみ許可+居城の無断修築の禁止→徳川の平和
[破城/破却令については、勝者・統治者が(もともと罰刑として暗黙の了解だし)、口頭で指示していた]

話は変わって上杉さん。(越後時代)
年貢なんて二の次でいいからお前たちはとにかく事があったらすぐ戦いに出てくれという戦闘専門集団の村を作る
(表向きは農民ながらも年貢軽減するからお前たちは軍役につけという戦闘部隊集落)
その在郷軍団制は農村・村町と密着している軍制で、謙信-景勝に引き継がれる。

が、織田-豊臣の西国では逆に兵農分離させ、城下町を形成する。

城下町を作り農民は農民、兵士は兵士と切り離した織田-豊臣。
それをしない上杉。

年表

という背景がありまして、いよいよ本題。
秀吉に国替えを命じられた上杉景勝さんと堀さんと蒲生さん。この方たちはもともと一応豊臣大名の転封移封なので旧敵地に入城するというケースとは異なるのだけれど、
上杉さんは越後から会津、堀さんは福井から越後、蒲生さんは会津から宇都宮に移ることとなりました。

で、蒲生さんは置いといて、堀さん。この方もともと秀吉っ子。春日山に城下町を作ろうとしたんですな。
上杉さんは在郷の農民という名の兵士たちをさすがに全部は会津には連れていけなかったわけですよ。表向きは農民だから。
で、会津では(しょうがないから?)城下町作ろうと。

で、二毛作ができる福井とできない越後での年貢の収納に対するトラブルがありまして、堀さんは上杉さんにもやもやするわけです。
おまけに、墓所の論理っちゅーものがありまして、墓所は本主の所有地で管理権も残るらしいんですよ。
それで景勝さんは、自分は会津に移っても春日山城主であるという意識で謙信の遺骸を春日山に残したそうなんですね。
堀さんとしてみれば、ちょっとー勘弁してよーヽ(`Д´)ノ上杉さん引き取って改葬してよー!とさらにもやもや。
農民たちもワシにはいい顔しないし春日山城から出たいな出ちゃおうさてどうするかなー(←伊藤氏仮説)

そんなところに関が原。
景勝さんについていけなかった農民たちが堀さんに対して叛乱を起こすんですな。
それで更にもう春日山城やだ!この人たち勘弁してよ!ワシもう春日山城いらないからどこか他に城作りたい!どうすればいい?と春日山城から離反しようと思いはじめたらしくて。
それで福島城の築城を始めるんですな。

(ここから伊藤氏の仮説も含まれます)でも福島城を作ったはいいけれど秀吉の「越後の本城は春日山城、城主は堀」という命令(この時は既に遺命)があるから表立って福島城を本城とは言えないワケで、言い訳として「春日山城は本城だけど、福島城はワシの家、堀家の城なんだて~」ということにしておこうと。
でも城が二つなのは確かで、どうすっかなー、あ、家康くんに相談してみよう!
「ねー、うち春日山城と福島城あるんだけど、福島城の方をメインにしたいんだよね。でもさ、太閤殿下の命令じゃん。どうしたらいいろっか。秀頼公の後見人の家康くんなんとかして」
「んー、じゃあ福島城にしちゃえよ。今世間じゃあっちもこっちも山城流行んないみたいだしさ。それでいんじゃね。
っても表向きはそれじゃまずいから『天下一統山城停止令』ってことにしとけよ」
「あー、それいいねー。じゃあそういうことにさせてもらうね」

そして堀家は秀治が亡くなり忠俊が継ぎます。
「代も変わって先代が受けた豊臣家の命令は消えたってことだからマジ福島城を本城にするぞーー!
徳川家からも「いんじゃね?」ってOKもらってるしこれでバッチシよ♪
本誓寺にも「天下一統山城停止令」が出たことにしてもらったし、これですべてうまく行くъ(゚Д゚)!!やったぜベイビーはっはっは☆
あ、春日山城の方廃城して建物も撤去したり移転しとかなきゃな」

→→つまりは、秀吉・家康が「天下一統山城廃止令」を出したのではなく、堀家が春日山城から福島城に移る理由付けとして「天下一統山城廃止令」というものを家康に作ってもらったのではないだろうかという伊藤氏の仮説なんである。

でもなんかそれだと確かにパズルのピースはまるんだよね。あー確かに、こうくればそうなるだろうなっての。
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しかし、城主とは別に農民や領民は「やっぱ上杉だよね!ワシらのおやかたさまは上杉しか考えられないよ!春日山城の形はなくなっても、ワシらの心の城は春日山じゃ!」なので、堀さんに継ぐ城主たちも、春日山城についてはノータッチ、触らぬ神に祟りなし、一応高田藩のものだけど領民たちに任せて共有地にしとけば波風立たないでしょという態度でいたので、
「いやー春日山でマツタケ採れたて」
「栗もいいあんばいだて」
「これで冬も越せそうだて」
「やっぱ上杉さまのおかげだな」
「御館様たちのおかげじゃ」
「御館様の恩に報いるためにも、この春日山を大事にしないとな」

…その「上杉マンセー」が時を経るごとに思いは純粋化・結晶化・絶対化され、現在の「上杉の義の心」となっているのである。

お・し・ま・い。
(※「一統」は「統一」と異なる意味があるそうです。「一統」は「傾向・トレンド」の意味もあるそうで)

というような内容で(かなり端折ってかつ今風にしてしまいましたが)、とても興味深くおもしろく講演聴かせていただきました。
事象があって、それでまた自分以外の外界からの事象の「めぐり」が、たまたま偶然ながら引き起こされてまた事象が変わり、それが歴史を作り動かしていくんだなぁと改めて。
過去に戻って当時を見ることはできないから実際のところは分からないし、文書に残っていない過去は推測・想像するしかできないけれど、でもその「隙間」が実はポイントだったりするんだよね。


企画した教育委員会のスタッフのみなさん、そして伊藤教授、ありがとうございました。
ただ、やたらと「真田丸」の話ぶち込んでくるから、脳内の想像武将が真田丸モードになってしまいましたよ、ええ(笑)

埋文の特別展示。
本誓寺由緒鑑
本誓寺由緒鑑(本誓寺文書)  元禄10年(1697)以降成立
越府暦代領主考記
越府暦代領主考記(森家文書) 延享元年(1744)
伊藤三十郎 御代々目録
伊藤三十郎 御代々目録(福永家文書) 明治4年(1871)以降成立
越後野志
越後野志・巻16 古城址 文化12年(1815)


講演会終了後おやかたさまとちょっと話したのだけれど、おやかたさまは「春日山城のはじまり」も気になるそうです。
城としたのは長尾氏だけど、それ以前ってか、春日山が春日山城となったはじまりってかそういうの。
風水とか地形とかそういうものも全部込みで「城作るのにここいいんじゃね?」となったんだろうけど、そこら辺のこと。

そして
おやかたさま作
14日のご当地文化祭のブースでのワークショップでおやかたさまが作ったマゼランペンギンケーキ。かわええ。





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またまた「お蕎麦 慶」へ

8/4 お蕎麦の慶さんへ

ちょっとNさんと打ち合わせがあり今回もお蕎麦の慶さんへ。
てんぷらー
天ぷらバイキング~
そうざいー
お惣菜もバイキング~
おそばー
お蕎麦もやって来た~
上に乗ってた香り付けの山椒の葉…香り出す前にお蕎麦を食べてしまいました(^^;)

トマト天ぷらー
ミニトマトの天ぷら。
どれどれ~と揚げたてを口に運び噛んだ瞬間、高温のトマト果汁が口内にぷしゃーと広がった…
そして自分は猫舌…
だからと言って吐き出すこともできない、しばし悶絶(^^;)
揚げたて注意!

あげまんじゅうー
こちらはお饅頭の天ぷら。揚げ饅頭旨し♪

今日もごちそうさまでした(^^)

食後に店長さんとお話したんだけど、夏向きにお蕎麦アレンジしたそうで。
道理でなんとなくなにか違うなと。
そして、店長さん自身も蕎麦打ちするそうで。
へー…何気に多才やないですか。そんな話聞いてなかったぞw

ももー
そういえば桃食べてなかったなーとおつとめ品購入。
一箱モノ勧められたがそんなに食えんて(^^;)
車内に桃の香り、そしてお腹いっぱい…しあわせー(笑)
ごちそうさまでした。



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春日山へ

8/2 ちょっくら春日山偵察

前日にこの14日市民プラザで開催される「上越ご当地文化祭」のポスターが完成したので、(武将隊も出演することから)埋文にも貼付してもらおうと持っていったのだが、先日(7/26)の豪雨で通行止めになっていた春日山神社への道が復旧したと聞き、様子を見に行くことに。

告知
14日ですよー!(クリックで大きくなります)

持ってもらったw
せっかくなんで貼る前につばめちゃんに持っていただきました♡

で、春日山へ。
ざっくり
ざっくり抜けちゃったな…ここの土砂が道路を塞いだため春日山へは通行不可だったんだけど…
復旧はしたけど、ここらにもササユリあったんだよね。球根一緒に流されちゃったかなぁ…(TT)
春日山神社
春日山神社はいつもの如く。
謙信公像
なんとなく悲しそうにも見える今日の謙信公像。

そして。
う…
神社から千貫門コースは復旧したけれど、こちらの被害はかなり。
抜けて・・・落ちて……いやー大変だこりゃ。
ああー
舗装はされてないけどほぼ道路崩落してるようだし、ホントあの日にどれくらいの雨がここに降ってどれくらい水を含んだものか…
杉の伐採が原因というかもしれないけど、ここまで抜けるってことは杉あっても山土が保ちきれず根の浅い杉もろとも流れて山が荒れたかもしれないな。
戦後の植林まではここまで杉もなく山も自然のままだったんだろうし。

謙信公祭までには復旧ということだが、なんとか早く通れるようになりますように(でも杜撰な突貫工事ではあかんよ)。

そして今、なんか戦国な人たちをターゲットに甲府市がイベント立てて、それに上越も一口噛んでるようで。
はい、戦国BASARAスタンプラリーでっす。
自分はBASARAもやってなければスマホも持ってないので、どーなん?とも思うけど、せっかく上越・春日山でも協賛してるんだし、スマホではないガラケーユーザーは参加資格すらないのか?と果敢にもチャレンジ(笑)

QRコードを…お、読み込みできたっ。
じゃ埋文に戻ろうっと。
スタンプゲット
これね
義の塩ゲット
ゲットした謙信公スタンプを武将隊の誰かに見せると「義の塩」がもらえるよ~

おっ!
Newガチャ
缶バッジ、新しいバージョンが出てたので試しにやろうと思ったが、残念ながら200円がなかった…
また次の機会だな。

自然災害は恐ろしいもんだ。。。
あの堅固な山城でも度を越した豪雨には術もないのか。
とにかく、謙信公祭以降でも(自分は)構わないけど、安全に元の姿に近づけてほしいもんですな。
「絶対(安全)」はないんだけど。


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